登場人物
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Chap2
Chap3
Chap4
Chap5
Chap6
Chap7
Chap8
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Chap6 再会
昭和20年8月15日 終戦
戦争が終わって、空襲もない、防空壕に入る必要もない。
平和の意味とは、この静けさなのだと思った。
平和な日々が当たり前のように続く。人々に、笑顔と会話が
蘇える。
芳恵は、思った。この平和な日々は、卓也さんからのプレゼント
に違いないわ。 と思った。
芳恵のもとに、卓也のご両親から手紙が届いた。
「神埼芳恵様
(前略)
卓也から最後の手紙が届いたのと卓也の戦死通知が届いた
のと同時でした。私どもは、卓也を誇りに思っています。そして、
卓也が芳恵さんという素晴らしい伴侶を得たことに心から感謝
します。卓也の最後の手紙に、「母さん、芳恵さんのこと呉々も
よろしく頼みます。」と、そして、「母さん、いつものように、行って
来ます。」って、 (中略)
近いうちに、秀夫君を東京の親戚に預ける為に上京します。
その時に芳恵さんにお会いしたいわ。 (後略)」
それから間もなく、秀夫君からも手紙が届いた。
「神埼芳恵様
(前略)
卓兄ちゃんから、最後の手紙が届きました。その中に、僕が卓
兄ちゃんから預ったレコ−ドのうち、ルイア−ムストロングの
リンゴの木の下でが収録されているレコ−ドを芳恵さんに渡す
ように書かれています。近いうちに卓兄ちゃんのお母さんと P 27
上京します。その時渡しますね。 (後略)」
10歳にしては、達筆でどこか卓也の筆跡に似ていて、芳恵は、
卓也が生きていて、この手紙を書き綴っているのかと、不思議な
感覚を覚えた。
芳恵は、行方不明になったままのトランペットが、そのまま誰にも
吹かれずにケ−スに入ったままで、そして、見つかりますように
祈る日々であった。父勝也もいろいろな方面に掛け合ってくれて
いて、特に、部下だった坂本が、献身的に探し続けていた。
終戦後2ヶ月が経ち、秋らしい晴れた日に、秀夫君から電報
が届いた。「来週の日曜日、お昼に東京駅に初野叔母さんと
僕、秀夫が着きます。」
芳恵は、もうすぐ卓也さんの遺した リンゴの木の下で の
レコ−ドに対面できると思うと、来週の日曜日のお昼が待ちどう
しくて仕方がなかった。
当日、坂本がジ−プで芳恵を迎えに来てくれた。東京駅に向かう
車のなかで、坂本から、行方不明のトランペットの情報があることを
知らされる。 その情報をもとに今夜、当たってみる、と。
嬉しいことは重なるものね。と芳恵。
ジープは、定刻に東京駅に着く。坂本と芳恵、大阪発東京行きの
列車到着改札に向かう。 間もなくして、秀夫君の大きな声が響く。 P 28
「芳恵さ-ん!!」 紛れもない、卓也の声そっくりで、芳恵ビックリ
する。その声の方を向くと、そこには、卓也さんでなく、なつかしい
秀夫君と卓也の母初野がニコニコして立っていた。
しかし、お互いに名を呼び合うや三人泣きだしてお互いの無事
を喜びつつ、卓也の死を悲しむのであった。
全員、坂本の運転するジ−プに乗って、一路、芳恵たちの家に
向かった。芳恵の家は、空襲で焼き出されたが、辛うじて原型を
留め、勝也が修復しながらの仮住まいのような粗末な家であった。
芳恵、「こちら、坂本さんです。父の元部下で、わたしのトラン
ペット探しをしてくださっていますの。」
初野と秀夫、坂本に会釈してそれぞれ簡単に自己紹介済ませ、
秀夫くん、「ところで、トランペット探しの坂本さん!!」 坂本、
ひっくり返りそうに。10歳足らずの少年に、そんな風に言われる
のもこしゃくであったが、「は、はい。何なりと聞いてください。」
バックミラ−ごしに坂本、少年を睨みつける。 初野、「まあまあ
坂本さん、許してやってください。この子、これでいて気の優しい
子ですから。」 坂本、「なかなか、頼もしいですね。これからの
日本は、秀夫君たちに掛っているのだから。」
芳恵、おどけて「トランペット探しの坂本さん!!」
まいったなあ、と坂本。全員、笑う。
ジープは、東京の焼け野原を疾走した。坂本は、慣れた感じで
ジ−プを操り芳恵のトランペットをどのように探していて、幾つかの
情報を掴んでいることを話した。
一つは、占領軍が戦利品として接収している可能性。
一つは、闇市に流れて取引されている可能性。
もう一つは、影も形もなくなって鉄屑同然となっている可能性。
突然、芳恵が泣きだしてしまう。初野が、芳恵を抱き寄せて
やさしく言葉をかける。坂本、慌てて鉄屑説を取り消すが、
後の祭りである。 秀夫、「トランペット探しのおじさん!!
よろしく頼むよ!!」 坂本、「おいおい、おじさんは勘弁してよ」
声が裏返ってしまい、みんな大笑い。
ジープが、神崎家につくと、ジ−プのエンジン音を聞いて
神埼家の面々が家の前に並んで出迎える。初めまして、ご無事で
何より、こんにちは、遠いところ、さあさあ、中へ中へ、言葉が、
嵐のように飛び交う。 客間に全員が勢揃い。芳恵が、父勝也に
東京駅八重洲口から我が家までのジ−プでの会話を一通り話し
終えると、勝也、「それはそれは、遠いところお疲れ様でした。私ども
と卓也君は、家族のように親しく気兼ねなくお付き合いしていました。
戦争がなければ、楽しい日々が続いていた筈です。」
勝也は、秀夫君を見ながら、「それにしても、秀夫君は、卓也君の
生き写しですなあ」と言って、目を細める。神埼家の母も妹泰恵も
大きく頷き溜息をつくものだから、秀夫くん、恥ずかしくて、恥ずかし
くて、穴があったら入りたいところ、体制を整えて、大きな声で、
「僕は、安達秀夫です。卓兄ちゃんでは、ありません。」と言って、
にこっと笑った。 みんな大笑い。場が一気に和むのでありました。
そして、一通り自己紹介が終えると、秀夫くんは、おもむろに、
風呂敷包みをちゃぶ台の上に置き、正座して、芳恵の方に向き直
って、お辞儀をしてから、「芳恵お姉さま、この風呂敷包みは、あの
時のままです。芳恵は、今年のお正月、卓也に連れられて、安達家
を訪ねた時のことを思い出していた。その風呂敷包みを芳恵は、
膝の上に乗せて、抱きしめた。一同、もらい泣き。芳恵の目から
大粒の涙が、風呂敷包みにポタポタと落ちる。
と、そのとき、ひときは大きな泣き声で、オイオイ坂本が泣くので、
一同、泣きやむ。坂本もきっと卓也の戦死を悲しんでいるのだと
思った。勝也が坂本に、「君と卓也君とは・・・」 坂本、「いいえ、
卓也さんとはお会いしたことはありません。しかし、今日、ジ−プ
の中で運転しながら、皆さんの卓也さんの思い出話をいっぱい、
聞かせていただきました。それで・・・・」 坂本、済まなそうに、
「僕には、一緒に泣いてくれる身内がいなくて、皆さんが一緒に
泣いておられるのを見ててなんか、こう、・・・すみません!!」
一同、泣き笑いになって、秀夫くん、「トランペット探しの、おじさん
!!ぼくの膝でお泣きなさい。」と秀夫、両手を坂本の方へ広げ
・・・みんな大笑い。
初野が、そっと、芳恵に声をかける。「芳恵さん、お部屋に行って
・・・さあ・・・」 一同涙目で、そうしなさい、と促す。芳恵、風呂敷
包みをまるで赤子を抱くように、みんなに涙目で目礼して、客間
を後にする。
芳恵は、自分の部屋に一人になって、風呂敷包みを膝に乗せた
ままそっと結び目に唇をよせ、卓也さん、お帰りなさい。とささやく。
涙が止まらない。そっと、結び目を解く。風呂敷がはらりと解ける。
レコ−ドが崩れそうになる。芳恵、そっとレコ−ドが崩れないように
やさしくかばい、卓也を抱きかかえるかのように。一番上に、ルイ
ア−ムストロングの リンゴの木の下で 卓也さんの歌声がした
ように思えて、芳恵、遅れないように一緒のフレ−ズを歌う。
何枚目かのレコ−ドの間に、手紙と写真が添えられている。
二枚の写真が、一枚は、海軍制服に凛々しい少し笑みを浮かべて
海軍帽子を被った写真。裏面に卓也の筆跡で 神風海軍特別
攻撃隊第一正気隊海軍少尉安達卓也 と記されている。
もう一枚は、飛行訓練の合間に撮ったらしい、特攻服に身を包み
卓也の笑顔に白い歯がこぼれている。懐かしい卓也の笑顔。
裏面に「憧れの零式21型戦闘機に乗って大空を駆け巡っていま
す。」と記されている。
卓也から芳恵への手紙
「神崎芳恵 様
お元気ですか。この手紙が君のもとに着くころは、この憎むべき
戦争が終わり、平和になっていることを祈りつつ、この手紙を
通して君に再会できることを願いつつ書いています。
リンゴの木の下で を芳恵さんのトランペットでいま、歌いたいです。
僕の耳と心に焼きついた、芳恵さんのトランペットと芳恵さんの
歌声が僕のいとしい宝物であることは、誰も僕から奪うことは、
できない。たとえ、僕の魂が永遠の眠りについても、この世で、
君が、リンゴの木の下で を吹く時は、必ず、僕の魂は、君の
吹くトランペットの音色のなかに存在し、君とともに一体となって
リンゴの木の下で を歌うだろう。
君と過ごした夢のような日々をいとおしく、この胸に抱きしめて、
君と一緒に歌うだろう。」
卓也さんの歌声が、二枚の写真から聴こえる。
芳恵、二枚の写真を手のひらにのせて、「卓也さん、今日から、
私達、ずーっと、ず-っと、一緒よ。 約束よ。」
涙で、卓也の筆跡が滲まないように、細心の注意をはらって、
芳恵は、そっと、写真の卓也に唇をあてて、大事に、大事に
写真と手紙を封筒に戻して、ハンカチで涙を拭いて、封書の
卓也の筆跡が涙で滲まないように、細心の注意を払って、
両手で、封書をそっと抱くように、頬ずりして、胸に抱きしめるので
あった。
客間では、安達家と神埼家と坂本が、すっかり、打ち解けている。
話は、殆ど卓也との思い出話しである。 勝也と坂本が、海行かば
を歌い出す。すると、秀夫少年も加わり、三人肩を組み上機嫌、
芳恵、すっかり涙を拭いて、笑顔で現れる。
芳恵、秀夫君が、卓也に見えて仕様がない。「よお-し、秀夫君!!
わたしも入るわよお-!!」 芳恵、加わり、最初から、四人大合唱
となる。 今宵は、笑い声が絶えない、神崎家であった。
翌日、早くも、別れの時がきた。 みんな、名残惜しく、再会を
誓い合い、坂本の運転するジ−プで、一路、秀夫君の親戚が
待つ麻布に向かった。 芳恵と秀夫君、そして、初野の三人
は、卓也の思い出の交換会のようになって、坂本も楽しげに
耳を傾けて、心地よいスピ−ドを保ちながら快適な運転を
心がけている。 時の経つのも忘れ、気がつくと、ジ−プは、
麻布に着いていた。
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