「りんごの木の下で」    作 ミルヴォ            2011年 6月9日

Copyright(C) 2011 milvo All rights reserved

 
 

登場人物

Chap1

Chap2

Chap3

Chap4

Chap5

Chap6

Chap7

Chap8


  Chap7   トランペット

帰りのジ−プで、坂本、芳恵に誓う、「芳恵さんのトランペットを

探し出し、みんなに、リンゴの木の下で を聴いていただける

ようにします。必ず!!」 芳恵、ほほ笑みたたえて、

「トランペット探しの、坂本さん、頼りにしてますわ。」

坂本、テレながら、「トランペット探し出したら、普通に、坂本と

呼んでくださいね-っ。」  芳恵、「はい、はい、お約束しますわ。

トランペット探しの坂本さん。」  坂本、「まいったなあ-もう、

よ-し、気合い入れて探し出すぞ-っ!!トランペット!!」

大人の会話でありました。


 それから、数日後、ある雨の降りしきる晩に、父勝也が、

血相を変えて、「芳恵-!!芳恵はいないか-っ!!」

大声で、「坂本が大変だ、意識不明の重体で担ぎ込まれた。

警察病院に。芳恵、着替えて!!お父さんのジ−プで行こう。」

芳恵は、着替えて父勝也の運転するジ−プに乗り、坂本がいる

警察病院に向かう。父勝也、「芳恵、落ち着いて聞きなさい。

まず、坂本は、命に別状はない。医者がそう言っている。

警察の話だと、坂本は、血だらけになって新宿歌舞伎町の

裏通りに倒れていたそうだ。」 芳恵、しくしく、泣きだす。

勝也、「闇やが頻繁に出入りしている界隈で、治安が悪いので

普通の人間は近寄らない所だそうだ。坂本は、駆けつけた

救急隊に、一言、トランペット と言って、気絶したらしい。」

芳恵、声を挙げて泣く。 勝也、芳恵の頭をやさしくなでて、

「坂本、芳恵のトランペットつきとめたんだ、きっと。」

芳恵、坂本の無事を祈る。


 警察病院に着くと二人は、坂本のいる集中治療室に向かう。

刑事たちが、手帳を片手に、何やら言い交わしている。

父勝也の姿に気づくと、刑事の一人が、二人に歩みよって

きて、「意識は回復しつつあります。 が、まだ、朦朧としてて、

詳しい状況は、我々もつかめていません。・・・・で、こちらの

お嬢さんは?」 と刑事が、芳恵に視線をやる。

「わたし、神埼芳恵と申します。坂本さんは、私のトランペット

を探していて・・・多分」  刑事、「それで、・・・害者、・・・

トランペット・・・・か」 勝也、刑事に、坂本に面会できるか尋ねる。

刑事、どうぞと病室に二人を連れ、部屋に入れると、ドクタ−と

看護婦に許可をとって、二人に、どうぞと言う。二人は、坂本

の顔をのぞき込む。 坂本は、包帯ぐるぐる巻きで痛々しい。

芳恵、「ごめんね、ごめんね、坂本さん、ごめんね・・・」

坂本、ピクリと反応し、「よ し え さ ん ?」

と言う。 刑事すかさず、「坂本さん、相手は?」

坂本、「や み ゴ ン・・・」

刑事、病室を飛び出し、二人も刑事を追って飛び出す。

刑事、他の刑事に耳打ちし、他の刑事、病院を飛び出して

行く。 残った刑事、「一緒に行きますか? 通称、ヤミゴン

闇やのごろつきで、暴れたら手のつけられない前科者です。

特攻隊の生き残りで、平気で、人を殺しおる。」

芳恵、泣きだす。卓也のことを言われたように感じたからである。

勝也、芳恵の気持ちを察して、「刑事さん、わしの倅も特攻隊だ。」

刑事、「失礼しました。失言です。取り消します。」

三人、刑事の車に乗って、現場に急ぐ。刑事運転しながら、

「ヤミゴン、本名、土倉大輔、元神風特攻隊。失礼があったら、

お許しください。 血も涙もない大悪党・・・です。」

と告げたところで、現場に着く。


 現場には、既に無防備な警官たちと重装備のGHQたちが、

協力しあって、野次馬が遠巻きに張られたロ−プの外で見物

している。 どうやら、ヤミゴンは、怪しげな裏路地の奥の何れかの

小屋に立てこもっているらしい。

 警官が、「無駄な抵抗は、止めなさい。銃を捨てて、出てきなさい。」

拡声器が唸り終わるや否や、銃声が、バババババ−ン と鳴り

響く。 そこに居合わせた誰もが、地上に伏せた。 戦争が終わった

ばかりで、銃撃音には誰しも異常に敏感なのである。

シ−ンとして、ヤミゴンらしき者のダミ声、「てめえら、皆殺しだ-あっ

!!」 と物凄いドスの効いた恐ろしく大きな声である。

 今度は、GHQが、拡声器を取り上げて、たどたどしい日本語で、

「tu chi ku ro san dete kinasai 」 すると、再び、

バババババババババ−ン!! とさっきより激しさを増して、

ヤミゴンらしき者が、叫ぶ、「ばかやろ-!!俺は、つちくろ

じゃな-いっ!!土倉だ-っ!!俺は、神風特攻隊だ-っ!!

アメコ−ども!!聞えるか-っ!!」 通訳が、GHQに、今の

土倉の日本語を通訳する。GHQ,「wa ka ri masita」

GHQ,再び、拡声器を持って、「tu chi ku ra san ok

ka mi ka ze ha su ba ra si ka tta wa ta si

so n kei si te i ma su   demo anata honntoni

kamikaze desuka ?」  その瞬間、ババババンババババン

と土倉がぶっぱなす。 遂に、GHQ 機関銃を水平に向けて、

「Ready!!」  その時、思わず、芳恵が、飛び出し、GHQの

正面に両手を拡げて、「撃たないで-っ!!」 と叫ぶ。芳恵は、

怯まずに、「卓也さんと同じ、神風特攻隊なの-っ!!う た な

い でーっ お願い、撃たないで- 撃たないで・・・」 芳恵泣き

崩れる。 GHQ 「Stop」 一斉に機関銃を引く。 「ojousan

daijoubu daijoubu」 とその時、土倉の声、「おい。おんな。

そいつの隊、何という隊だ?」 ドスは利いているが、丁寧な

口調である。 芳恵、振り返り、叫ぶ、「神風特別攻撃隊海軍

少尉安達卓也、第一正気隊 わたしの愛する大切な人です。」

写真の裏に書かれている通りに、言った。

シ−ンとして、「土倉さん!! わたしと卓也の大切なトラン

ペットを還してください。」 泣き声になる。

 通訳、そのままGHQに伝える。 居合わせた人々、誰しも

胸を打たれた。 すると、中から、土倉の声が、やけにやさしい、

「あんた、名前は?」 芳恵、「神埼芳恵です。」 聞えるように叫ぶ。

土倉、「よしえさん、入ってきなさい。」 一同シ−ンと静まりかえり、

成り行きを見守る。 芳恵、ゆっくりとドアを開ける。 土倉、「

大丈夫だから、入りなさい。」 暗闇の奥で鋭い眼光が、芳恵を

捉えている。土倉、「安達少尉のゆかりの人か?」 芳恵、「はい。

婚約者です。」 土倉、「そうでしたか、安達少尉殿は、自分の

先輩であります。 短い間でしたが、串良基地で一緒でした。

やさしか人で、リンゴの木の下でという歌をよくハミングして

やさしか声で、トランペットの吹き真似してくれたとですよ。」

芳恵、感動のあまり、泣き崩れる。 土倉、「こんトランペット

な−んもさわっておらんし、そんまんまでごわす。」土倉、トラン

ペットを芳恵に渡す。 芳恵、受け取り、そっと、ケ−スを開ける

トランペットの無事な姿に、芳恵、嬉しくて、嬉しくて、泣きながら

「土倉さん、ありがとう、ありがとう・・・」

土倉、貰い泣きして、「よか、よか。 あん曲ば、吹いてくれんとね」

芳恵、「もちろん。感謝の気持ちをこめて吹くわ。」 深呼吸をして、

トランペットに唇をあてる。 リンゴの木の下で の旋律が、冷たい

空気を震わせて、晴れ渡った夜空に鳴り響く。 GHQも歌い出した。

芳恵、きっと、卓也さんも歌っているわ。土倉、両手で顔を覆って

泣いている。 勝也も泣きながら歌っている。


 演奏が終わり、誰からとなく、拍手が沸き起こり、土倉、「銃を

捨てるから、撃つな!!」 両手を挙げて外に出る。警官が確保

する。 土倉、振り返り、「リンゴの木の下で また、聴かせて

ください。」 GHQ,芳恵に敬礼し去る。 芳恵、トランペットを

抱きしめて、土倉に深くお辞儀する。 勝也、「土倉さん、出て来たら

ここに連絡ください。そして、卓也の話を芳恵に話してやって下さい。

きっとですよ、待ってますからね!!土倉さん、ありがとう!!」

土倉、勝也と芳恵に敬礼して、「きっと、連絡します。きっと。」 

土倉、手錠されると、改めて、二人にお辞儀して立ち去る。


芳恵、トランペット抱えたまま、勝也と坂本のいる警察病院に向かう。

病室に入るや、坂本、芳恵の胸にトランペットが大切に抱えられて

いるのを見て、「芳恵さん、よ・・か・・った・・」語尾は、涙声に

なってしまって・・・、芳恵も、「あ・・り・・が・・・と・・・」同じく、語尾

涙声に。 勝也、「坂本!!よく頑張ったな・・・よ・・く・・」もう、

三人とも泣いた。 芳恵、「卓也さんも、きっと、喜んでいるわ。」

坂本、真顔になって、「芳恵さん!! これからは、トランペット

探しの坂本でなく、武志さんと言ってください。・・・・」

芳恵、「勿論よ、武志さん。」 坂本、痛々そうに照れる。その仕草が

可笑しくて、みんな和やかに笑う。 芳恵、トランペットをケ−スから

出し、「武志さん、トランペットは、無傷で還ってきてよ。武志さんの

お陰だわ。ありがとう。武志さん。」 坂本、痛々しくほほ笑む。

芳恵、ほほ笑み、「トランペット、小さい音で吹くわ。武志さん聴いて

ね。」 芳恵、リンゴの木の下で の主旋律だけ小さい音で奏でる。

坂本の眼に涙が滲む。 勝也と看護婦小さな拍手をする。


二人、病院を後にする。 勝也、「あの土倉という男、卓也君の

部下だったとは、驚いたなあ・・・。土倉が出所したら、いろいろ

卓也君の思い出を聞いてみよう。」 芳恵、トランペットを大切に

抱えて、思った。 ・・・きっと、卓也さんが、トランペットを土倉さん

に託して守ってくれたのだわ・・・と。 「土倉さん、顔も声も怖い

けど、こころのやさしい人だわ。 わたしのトランペット聴きながら

土倉さん、泣いていたの。」

ページトップへ
   
inserted by FC2 system